2017年5月26日金曜日

皆さまへ。




いつも、日誌を読んでくださってありがとうございます。
アクセス数を見る度に、気にかけてくださっている方々の存在を…どなたかはわかりませんが、しみじみとありがたく思っています。

このところ、大きく体調を崩しています。
5月のヨガも、お休みをさせていただきました。

何と書いて良いのかわかりませんが、お伝えしなくてはいけない時がきたのかなと思います。
olioliがはじまって3年。
身体中に、夢と、志と、期待と、やり甲斐と…たくさんの想いをエネルギーにして、全力で走ってきました。
olioliの運営以外でも、それは変わらず、ずっとずっと、走り続けていたように思います。

その『私の心身』という車体は、時々パンクしたりエンストをおこしては、修理をして、補強をして、特別なエンジンオイルをさして、また走り出す…ということを繰り返してきました。

でも気づいたのです。よく見ると、その『車体』は、時速300キロで走れるレーシングカーなんかじゃなくて、田舎道をのんびり10キロで走る、おんぼろトラクターだったということに。
その車体に、どれだけの無理をさせてきたか…

もう、いい加減に気づいたのです。

今、近くに住む母と、たくさんたくさん話をしています。
生まれてから、これまでのこと。私が、本当はどんな人間なのかを。
そこで思い知った自分は、やっぱりというか、想像以上にというか、およそ「イベントスペースの代表」などが務まるような器ではなかったということでした。

・・・

ここからは、とっても重い話です。
olioliを閉鎖する覚悟で書いています。
これで友人を失っても構わないとすら思っています。
もう、何を言われても怖くないのです。

今まで、親しくしてくださった皆さまに、嘘をついたりうやむやにしたくない。正直に伝えることが自分なりの精一杯の誠実さだと思って、書かせていただきます。

こういうのが苦手な方は、どうか読まないでください。




・・・・・



10年ほど、断続的にではありますが、抗うつ剤を服用してきました。
始まりは摂食障害。それからうつ病へと…。
月に一度、山梨の診療内科に通い、薬を飲みながら、家族に助けてもらいながら、生活をしてきました。

ところが先日、心療内科の診察での「ある出来事」をきっかけに、突然薬を断つことを余儀なくされてしまいました。

それから二日ほどで、抗うつ剤を急に止めることの弊害「離脱症状」が表れ、めまいやふらつき、頭痛、だるさ、時折耳元に金属音がしたりと、日常生活に支障をきたすようになっています。

この離脱症状自体は二週間ほどで消えるので、辛抱するしかないのですが、私が何より怖いのは、
薬があることで頑張れてきた部分が、これからはどうにもならなくなる、ということでした。

たくさん泣いて、泣いて…もう、どうして良いのかわからなくなってしまいました。
二十年来、私のことをよくわかっている夫は、静かに優しく受け止め、慰めてくれて、この人はきっと、私のお世話係として、神様が遣わしてくださったのだろうなと思ったりしていました。

でも、更にありがたかったのは…母の存在です。
言っておきたいのは、決して仲良し母娘ではなかったということです。これまでにたくさんの葛藤があり、お互いに辛い思いを抱えてきました。
それが今になって、大きな大きな救いになっているのです。

・・・

生まれ持った気質と育った環境の影響で、私は、内気でいつも人の顔色をうかがう、感覚の鋭い子どもに育ちました。
自分の存在価値や自己肯定感が低く、人(幼少期は特に親)から気に入られること、褒められること、感謝されること、認められることを自分の存在意義としてきた結果、自分と他人の境界線が薄い…いえ、ほとんど「ない」人間になってしまいました。

「自分」がないので、他人の意見にすぐに左右されますし、他人の喜怒哀楽に簡単に影響を受けてしまいます。自分は本当は嫌でも、相手の望むことなら叶えてあげたいと努力してしまいます。
ここで強調しておきたいのが、「嫌」という気持ちを押し殺しているわけではないということです。「嫌」な感覚が湧くことすら、わかっていないのです。
後で体調を崩し、「あ、嫌だったんだな…」と気づくという…。

そんな、いわゆる「他人軸」で生きてきた私。
人が喜ぶなら、感謝されるなら、苦労をしてでも何でもやらなくちゃ!と勇んできた私。

勘のいい方ならお気づきかと思います…はい、これが、olioliをはじめる大きな原動力になったのです。

・・・

この場所に家を建てられることが決まって、まず私の中にわいたのが「罪悪感」。
こんなところに、こんな風に自由に設計をして家を建てられるなんて…自分はなんの努力もしていないのに、なんてバチ当たりな!という気持ち。
そこで、せめて何か人の役に立つことを…と思い、自分の子育ての経験上、託児所をやろうと思いましたが、法律の壁に阻まれて断念。親子で来られるイベントスペース、そして子育ての悩みを話せる場所にしようと決めたのでした。

そして、先ほど書いたように、全力で運営してきたわけですが…
そもそもが、敏感体質で、他人の意見や感情に左右されやすく、疲れやすい私なので…難しかったのです。やり遂げるためには、相当のエネルギーを必要とするはずですから。

社交的・外向的で、人付き合いやパーティー、イベントが好きだという人なら、楽しんでやれると思いますが、私と言えば、その真逆…。
そりゃぁ無理だわと、今なら悔しいけれど認めます。

本来の自分とはかけ離れた人間に憧れ、幸か不幸か「自分」がなかったからこそ、その人物になり切ってくることができたという、皮肉な結末。
それも、薬の力を借りたり、「家族の協力」という名の「迷惑」をかけたりしながら実現してきたことに気づき、この度いよいよ、正面から受けとめることになったわけです。

おい!かめい!現実を見ろ!

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きっと、そんな風に思われないだろうなと思います。

例えば、「個性的で素敵ですね」と声をかけていただけるファッションだって、自分を守るための鎧にすぎません。
本当の自分を隠すための鎧。
ある時から気づいたのです。嫌いな自分を「個性的」な中に閉じ込めてしまえばいい。
そうしたら、不思議なほど、人から声をかけられるようになりました。人が寄ってくるようになりました。
「何かなさってる方ですか?」と、必ずと言っていいほど聞かれるようになりました。

でも苦しいことに、そのうち、本当の自分を見失い、他人の目から見た自分に、自分を合わせていくようになりました。

クリエイティブなお仕事をする方々との出会いも増えて、最初は仲間に入れてもらえ、認められた気がして嬉しくも思いましたが、いつも長続きせず、エネルギー切れでフェードアウト。

うすうす、無理している自分に気づいていたのです。でも、ちゃんと向き合わなかった。
だから時間がかかり、「心の澱」が、こんなに溜まってしまったのです。

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長く長くなりました。
まだまだ、書きたいことはありますが…

最後に…
これまでずっと、自分のことを上手く扱えてこなかったけれど、時には、ちゃんと向き合わなくちゃと、薬に頼らない方法や、自然療法やスピリチュアルな方法に救いを求めたことも多々ありました。
でも、私に言わせてもらえば…それらで解決できるうちは、まだ序の口なのです(決して効果が無いというのではなく、予防や初期症状には有効だと思います)。
本当に、死の影が迫ってくるほどの苦しみは、化学的な方法に頼らざるを得ない場合も多いと、経験上、私は思うのです。

・・・

こんなに長くお読みくださって、本当にありがとうございました。

不要なものでいっぱいだったゴミ屋敷を、大掃除で空っぽにして…今、必要なものだけをぽつりぽつりと揃えている…と言ったところでしょうか。

私に必要なものはなんだろう。
これからは、私自身が気持ちよく過ごせるようにしていくつもりです。

今まで仲良くしてくださって、心からありがとうございました。
こんな私でよければ、これからもご縁が繋がっていてくださると、嬉しいです。




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